栄養士のお仕事

施設栄養士のお仕事~リアルお仕事体験記 vol.2~

お仕事体験記第2弾!

どうも、せんば千波です。お久しぶり子。

メンタルブレイクにも繋がった職場であり、職場紹介などでもちょくちょく話に出ていたのですが、「施設栄養士」について体験談が主となりますが、ご紹介します。

実は憧れていた施設の栄養士

それまでは委託会社にいて、それも救急病院で患者さんの出入りも激しい。

それに伴って、食数が増えた減ったと毎日変動が激しいので、食数管理も一仕事。

食数が変動するので当然、食材費も変動するわけですが、それがまた調整するのが難しい。

そんな毎日だったので、知り合いの栄養士(老健、特養など)の人に話を聞くと、

「そんなに大変なんだ〜!私は病院できないわ〜!」

とか言われてたこともあり、さらに聞いていくと、治療食の種類も少ない(3、4種類が多いのかな?)

それを聞いていたので、病院で治療の一環とは言え、質素なお金のことだけを考えて美味しさは二の次になっていた献立を考えるよりも、施設で利用者の声も聞きながら治療食ではなく常食の質の高いものを考える方が楽しそう!なんて思えてしまったのです。

ついでに言うと、メンタルも病んでいて、食事でメンタル面のケアができるようになれば自分もよくなるのでは?と思い、精神とか心理学と栄養の関係についても勉強していこうと思い、障がい者の施設も少し視野に入れてました。

>施設栄養士のメリット・特徴

  • 治療食の種類が少ない
  • イベント食が多い。
  • ボーナスが良い(場所によるが)
  • 利用者との距離が近い。会いにいこうと思えばすぐに行ける。(施設側栄養士の特権)
  • 意見をすぐに取り入れやすい。(わがままを通しやすい)

入ってからわかったこと。施設栄養士とは。

面接を受けて、即採用になってしまったのですが、、、、その時からも引き継ぎの時からも、「大丈夫かな?」と思うことがしょっちゅうありました。

自分に問題があることもあったのですが、それよりも心配になる要素があまりに多く、初めは5年くらいは勤務して経験値積もうと思っていたのが、引き継ぎをしている間に「1年入れればいい方か」と思うようになりました。

なぜかと言うと・・・・

  • ここの栄養士はコロコロ変わってる。1年とか数ヶ月で。あなたは俺が知ってるので6人目。(ゴミ屋のおっちゃん曰く)
  • 前の栄養士は管理も持ってないし、積極的でないし、仕事しないで定時ですぐ帰るやつだった。(事務や他部署、調理員からの証言+引き継ぎ中も実際そうだった)
  • 先輩栄養士さんは細かいことがわからないので適当に。調理員の方が長いからそっちに聞いてと、引き継ぎが超雑。在庫確認して発注量の調整とか、棚卸もしてなかった。
  • 月報や日報の書き方が雑。保管もぐちゃぐちゃでどこに何があるかわからん。保管場所も口頭のみで実際に見せてくれなかった。
  • 先輩→休み時間にスマホゲーム+昼寝。私→引き継ぎのファイル読み込み、味見も。(「こいつなんなんだ」と思ってた。)
  • 栄養士は役職としては「栄養士兼事務員」だから、事務で電話もとってもらうよ。あと、土曜日は交代で一人で電話番してね。(「栄養士とは?白目」)
  • 上司(施設長など)に目をつけられていた先輩栄養士。献立を上司に添削?(確認してもらう)。→呼ばれる→「季節感ない。もっと美味しそうなの考えて。こんなの私は食べたくない。」などなど
  • 毎食献立の説明で放送かける。(栄養士のシゴト?)
  • 求人には「増員募集」実際は「欠員募集」先輩と一緒にいたのは2週間ちょっと。( ゚д゚)あ?

・・・・あげたらきりが無いですが、今思いつく限りはあげました。

メリット・デメリットも施設によるかもしれません。あくまで私がいた施設のことです。

職員や調理員、利用者にまで施設のブラックなことを聞いたのも、悪い方に向いたかもしれませんが、実際のところ、

すっごく居心地が悪かった!

これにつきますね。ええ。

メリットとして上げた

  • 意見をすぐに取り入れやすい。(わがままを通しやすい)

これはデメリットも生んでいます。

→自分でなんでも考えないといけない。自分の意見がそのまま世に出る。

献立上で間違っていたり、おかしい組み合わせのものがあっても誰も何もしない。修正する人、チェックする人がいないのです。確認する人(施設長がイエスマン、なんでもハンコを押す人だったので。)(たまに見る常務は厳しい人で、あーだこーだ言ってくれましたが)

せんば
せんば
メリットにはデメリットがつきもの。

施設栄養士とは、人間関係が親密!他部署の人間も他人である。酷い時は敵対視されることも。((((;゚Д゚)))))))ああ、めんどい。

我慢できなかった。壊れていった身体。

最初はこんな中でも、「自分が未熟だから」「自分が勉強不足だから、もっと勉強して貢献していこう」と試行錯誤しながら、調理員も利用者も気持ちよく仕事できるような環境を作っていこうと努力していたのですが、

やっぱり無理ぽ(死亡フラグ)

他人の顔色伺いながらも、会議で発言したり、仕事をこなしていったわけですが、残業続き、疲れてるのに眠れないなど、身体にガタがきてしまいました。

職員の人や利用者とも普通に話せるようになったのに、仕事してて嬉しい、楽しいと感じることはなく、毎日仕事に追われ、不安で不安で仕方ない日々でした。(メンタル崩壊の予兆)

最終的には休日でも無気力。やってもやっても終わらない仕事。安心できない呼吸が浅くなる。

このままではまずいと心療内科に駆け込みましたが、安定剤と眠剤的なものをもらっただけで、あとは休めるときは休めと。(それができたらk)

そして、自分も時間が惜しいのと、仕事優先、話すよりも書いた方が伝えられると思ったので、文書で施設長に退職したいとか、仕事が多くて自分一人だと難しいと言うことを相談しました。

すぐに面談することになり、泣きながら話しましたが(普通の精神状態ではなかったかも)、すぐには回答を得られず。(その場では「なんとかするから!」といったが。)

しばらくしてから答えを聞いてみると、「人を増やすのは難しい」と言う。(「あんた断言してたやんか(−_−#)」)とか思いましたが、呆れ8割で聞いていたので、もう期待もしてませんでした。ただ、少しでも期待させたことで裏切られた気分でした。

爆弾投下。ブレイク!

新しい調理員(板前経験もあり調理一筋の堅物おじいさん)が私が8月に入った後に、3ヶ月遅れくらいで入ってきまして、この方との関係が私を完全にブレイクさせてしまいました。まあ私にも要因はあるのですが、それにしても、今でも吐き気がするくらい、気分が落ち込むくらい、絶望するくらい嫌な記憶になってしまってます(;´д`)

初めは、普通に会話していたはずですが、その方は曲がった事が嫌い、栄養士はこう!施設はこう!調理はこう!と自分の考えも曲げない、凝り固まったお方でして、頭に血が上りやすい方でもありました。

こう言うお方は、適当なことが嫌いです。「半分くらい」「このくらい」「あのくらい」と、何g!何個!とはっきりしてくれないと怒っちゃいます★失敗に敏感で綺麗好き。新人だけど男性が一人ということもあり、結構厨房の中では上の立場になりました。

そんな方に向かって私は、自分もわからないことだと、「〜だと思います」とか「誰々に確認してみます」といっていたのですが、

「そんなことも知らないで栄養士やってるのか!!!」「信じられないんだけど」とか、初めは直接ではなく他の調理員に向かって話しているのを聞いてました。(扉閉めて別の部屋で話してるけど、聞こえとるわい!)

地獄耳でそんな小言や、直接言われるようにもなり、ボロボロになってたメンタルがさらにボロボロカスカスになっていきました。フォローしてくれる人もいましたがね。

そんなこんなで、事件は起きました。

年1最大の行事である、潮祭り。行事で職員が食べるものも一部用意しないといけなくて、職員みんなで作るものなんかもメニュー決めをしないといけない。とっても厄介な行事。(日常業務が追いつかないよおおお)と心の中で叫ぶも、やるしかなく。

毎日9時か10時か、何時か思えてませんが、残ってました。

メニュー決めでも一悶着ありましたが、それに加えて厨房機器の故障やら、調理員との打ち合わせでゴタゴタし、

爆弾投下!

「こんな栄養士の下でやってられるか!」「もう我慢できない!俺辞めるわ!この栄養士とやっていけない。わけわかんないこと言うし、ミスは多いし、食材だって買ってくればいいもんじゃねえから!」

まあ、自分にも非があるのは認めます。発注ミスも毎度のことで買いに走ったりして、上の決定もコロコロ変わるし、自分も1年目でわからないことも多かったのに、わからないまま言ったりしていたかもしれません。

でも、私もメンタルボロボロで、給食だけが仕事じゃないんです。給食会議や行事、おやつレク、嗜好調査の聞き取りや、栄養ケアマネジメントの立ち上げ、定期的な調査などなど、50人を一人で管理してました。

揉め事があって、自分を傷つけたりもしました。毎日「いきたくない」「死にたい」「もう限界、もうだめだ」と思いながら過ごしてました。

爆弾投下したこの日は、職員で調理の下準備をする日で、栄養士はいなきゃいけない日。

爆弾投下された私は泣くことしかできず、栄養科の個室にこもって泣きじゃくり、調理員が喚き散らして帰るときに一言「もうやめるから!栄養士さんは頑張れよ!」的なことを言ってた気がしますが、私は何か言わなきゃと精一杯振り絞って

「期待に応えられず、すみませんでした」

泣きながら頭を下げました。もう訳がわかりませんでしたが、「自分が悪い」という考えが頭を離れず、人不足なのでその方にはやめて欲しくない!と必死でした。(自分はその前に後2ヶ月でやめるということを言っていたため)

そして委託会社のマネージャーが駆けつけてくれて話をしたりして、なんやかんややって、その方は辞めずに済んだ(はず)のですが。

私はもう限界突破していたので、施設長に相談に。リスカしてたので、その日の調理は難しいと。ですがほぼ強制的に参加することになり、涙をこらえて最後までやりました。よく頑張った!

その行事当日、またあの方と顔をあわせる事になり、ちょっと謝罪と頑張れよ的なことも言われてましたが、「私9月で辞めるので、本当に申し訳ありませんでした」となるべく顔を見ないようにして、(見ると泣く)半べそでいったような気がします。(曖昧)

そんな波乱の行事も終わり、翌週明けの初日も普通に出勤して仕事したのですが、、、、

仕事ができなくなり、やっと休む事に

普通に仕事をした翌日、朝、仕事に行けなくなりました

結界でも張ってるんか?と思うくらい、自分の車に進めません。

頭もぼーっとします。何も考えられません。ただ、あのときに言われた言葉と鬼の形相が思い出されたりして、その度に涙が。そして、悪い未来の想像をしてしまい、また泣いてしまいます。(フラッシュバックという)

その日は休みました。そして病院へ。

・・・・・はい、休職

この辺の話、詳しくはメンタルブレイクした時の話で。

身体のSOSに答えて実行できなかった私も悪いですが、これを機に仕事や職場選びは慎重にやろうと思いました。そして、自分の直感を信じて、他人に判断を任せすぎない事!を学びました。

約1年経った今、フラッシュバックも減ってきて、あの施設の関係者との繋がりも消え(消して)町の中で見かけることもなく、完全に断ち切ったので、もう、あの出来事はあんまり振り返らないようにしようと思ってます。心の傷がだいぶ癒えたので。

そして、今度こそ栄養士は離れようと思っていたのですが、派遣でコールセンターを経験して、また考えが変わりました。

やっぱり栄養学って面白い!

それに気づけたので、最後の転職はよしとして。

最後に大きく外れてしまいましたが、施設栄養士を選ぶ時の注意点をば。

  • 施設の栄養士は楽しいことも多いが、献立の質が求められる。
  • 行事やレクなど、(送迎もしてることもあったとか)雑務を強いられることもある。
  • 栄養指導も自由(点数制ではない。施設によっては自由)
  • 栄養ケアマネジメント立ち上げは経験ある人の方が有利!
  • 直営希望なら委託栄養士の経験も活きる。

経験や聞いた話によるものなので、あくまで参考程度に。

やっぱりどこの職場も同じですが、人間関係が一番大切だと思います。

仕事している時間の方が、家にいる時間よりも長い人にとっては尚更です。面接時にどんな人が働いているのかフィーリングが合いそうか、職場の雰囲気をなんとなく感じ取って、返事はすぐにせずに一晩でも寝かせてからの方がいいと思います。

ABOUT ME
せんば千波
管理栄養士として委託会社、障がい者施設を経験。仕事でのメンタルブレイクをきっかけに好きなことをしようと心に決め、働き方、生き方について分析、学習するようになった。心と体の健康を追求し、言葉と音楽の力を信じて生きている。物語ゲーマー、旅と料理が好きな健康オタク。姪っ子育児に奮闘中!