ガン闘病の日々のきろく

サソリとカメの振り返り日記 EP.4 ひさしぶりの家族の時間

家族4人+1人が揃ったある夏の日。子どもの頃のように、ちょっと遠くまでお出かけ。あの時と違うのは、ムスメちゃんがいること。久しぶりムスメちゃんのお世話をしながらの、長距離ドライブの話。

前回までのあらすじ

姉(サソリ)とムスメちゃんが実家にやってきて、すぐに検査と抗がん剤治療開始のために入院。私(カメ)は私で、家事と初めての育児に奮闘する日々。姉と私それぞれが奮闘する中でも、ムスメちゃんはすくすくと育っていき、周りの大人を魅了していくのであった。

サソリとカメの振り返り日記 EP.3 それぞれの闘い今回のお話は、姉(サソリ)の抗がん剤治療に奮闘する一方、私(カメ)が子育てと家事とがん闘病のための布教活動に奮闘する話です。 ...

新鮮さと懐かしさと

赤ちゃんのいる生活が初めての私達と、懐かしいと感じる父と母。

父は放任主義&じじバカで甘やかし担当ということで目一杯可愛がり、母はやはり母親目線で孫を可愛がりながらも娘たち(私と姉)には少し厳しく言うことも多かった。

ムスメちゃんに常に意識がいき、ムスメちゃん中心で回っていく日々。

姉も体調が悪い時は何もできないし、入院中は自由が利かないこともあって、家にいる時は好きなようにしていた。

私はムスメちゃん中心ながらも家庭が回るように、生活が回るように身の回りの世話中心で動いていた。

姉も実家に帰ってきてからは、自分の好きなように動けるのが嬉しかったらしく、食べたいものも食べられるし一人じゃないから行動範囲も少し広がって、平日でも近所のショッピングセンターにお出かけしたり、地元の友達を呼んでおしゃべりしたりして楽しんでいた。

私は家にいるんだから家事をせねば!と一人で抱え込んで、家事中心の生活で、自分で自分を追い込んでいた。

朝が弱いので朝食はじいじに任せていたが、平日の掃除と洗濯、昼食夕食は私が担当になっており(昼食は姉も作ってくれていたけど)、プラスムスメちゃんのお昼寝やオムツ替えなどもほぼやっていた。

一人遊びやテレビ見てる隙に家事をしたり、遊びながらやる感じ。

あとは、姉の健康のためにも近所をお散歩することもあった。

写真を撮ってあげたりして。1歳前後のまだ歩けない時期が少し楽だったかも。

姉の生活上での制約としては、こんな感じ↓

  • 冷たい食べ物やものに触れると痺れる。感覚がなくなる。
  • 右鎖骨あたりにcvポートがあるため、リュックとか負担がかかることができない。
  • ストーマがあるため、うつ伏せや腹部を圧迫する体勢は取れない

特にポートは気をつけていたため、ムスメちゃんの抱っこはあんまり長時間はできなかった。

加えて、ムスメちゃん寝る時におっぱいを吸う名残なのか、首を吸うことで安心して寝付くようになっていたために、姉はポートあるから危ないということで、私かじいじが首吸われる担当になっていた。

バキュームがすごいんだ。首に無数のキスマーク笑

それだけムスメちゃんも環境に慣れていこうと、生きるのに必死だったのかもと思う。

そんな生活で、私は少し卑屈になったこともあったり、姉に対して文句言ったりしたこともあった。

すぐに謝るようにしていたけど。言い方きつかったこともあるから本当にごめんて思ってるよ。

そんな今まで経験したことのない生活を送り、生活リズムも板について行ったのであった。

じいじとばあばと、同じ市内にいる私のおばあちゃんには、とても楽しい日々だったようで、おばあちゃんもひ孫が来るたびずっと話しかけたりしていて楽しそうだった。

昔のように週末はドライブ三昧

週末はじいじもばあばもお休みなので、買い物に出かけたり遠出したりしていた。

私が子供の頃も、毎週のようにどこかに遊びに行っていたので、その頃を思い出すようで。車の中も、赤ちゃんがいるだけで雰囲気や会話も全てが明るく和やかになって、楽しかった。

子供服も結構買いに行ったりして(初めての子供服売り場)、可愛すぎ。小さくて可愛いのよ。

ムスメちゃんは車にも少しずつ慣れていって、後半には出かけるとなると自ら乗り込むようになったくらい。

大きい車なのによじ登って乗っていたのには驚いた。

一番最初に遠出したのはお盆のお墓参り。

目的地としてはニセコだったけど、それまで毎年行っていたコースを姉にも体験して欲しいと、函館までぶっ飛んで行った。

途中にある黒松内のピザとか、ニセコのソフトクリームとか、ムスメちゃんにとっても長時間大変だったかもしれない。

函館ではラッピのハンバーガーとか、八雲のPAでは無料の遊び場もあって、遊びまくっていたけど、1日がかりのドライブは1歳には厳しかった。夜の帰り道で泣き出して、じいじの首を御所望だったから、家族全員が困り果ててね。

なんとかしたけどね。

社内で飽きないようにおもちゃで遊んだり、車を停めてこまめに休憩するようにしていたけど、タフな子だったから体調崩すこともなかった。

食欲旺盛で食べ物が足りなくなったくらい。

お盆の弾丸旅のあとは、海で遊んでみたり、1歳からでも遊べるような屋内施設に入ってボールプールとかで遊んだりして、いろんなところに行った。

ゲームセンターにあった車がお気に召したようで(お金を入れなくても楽しんでいた)、買い物の合間に行って遊んでた。

ソフトクリームもはじめは冷たくてびっくりした顔してたけど、段々と美味しさに気づいていきアイス大好きになっていって。家にアイスが常備されるようになった。

テレビ見てても思うけど、子どもって好き!ってなると何回でも飽きるまで見るんだよね。大人は飽きちゃうけど、何回もワンワンにお世話になった。

家族と一緒に過ごすという選択

楽しいこともたくさんあったけど、大変なこともたくさんあった。仕事を辞めてまでして家族と一緒にいる選択をしたけど、後悔はしていない。

一緒にいることでわからなかった部分も理解し合えたと思うし、姉のこと大事に思っていたし、ムスメちゃんのことを本当に愛していたことが伝わったから。それが共有できただけでも良かった。

日々姉とムスメちゃんと過ごす中で、話していたことがあった。

私と姉とムスメちゃん、病気が治ったら3人で暮らそうと。私は仕事を始めて良い人ができたら独立しても良いし。ただ姉自身はバリバリ仕事をしてシングルで子育てしていく気満々だった。ばあばは色々と言ってくるし、何より家族の世話になっているっていうのが一番気にしていたことだったと思う。私自身もそうだった。

親に頼って生活している。自立できていない。社会的な地位も築けずにいて、自信を持てずにいたから。

そんな中でも、諦めずに希望を持ち続けて、理想を具体的に思い描いて、毎日楽しく過ごしていれば良くなると思っていた。

そうして自分を保っていた。

家族5人で過ごした、かけがえのない日々。大人になって変わったこともあったけど、やっぱり子どもの時と同じように

ドライブは楽しいイベントだった。

ABOUT ME
せんば千波
管理栄養士として委託会社、障がい者施設を経験。仕事でのメンタルブレイクをきっかけに好きなことをしようと心に決め、働き方、生き方について分析、学習するようになった。心と体の健康を追求し、言葉と音楽の力を信じて生きている。物語ゲーマー、旅と料理が好きな健康オタク。