ガン闘病の日々のきろく

サソリとカメの振り返り日記 EP.6 楽しいお出かけ。忍びよる病魔。

ムスメちゃんをばあばにお任せして、時たま姉と私二人だけで出かけることもあった。一番は長いお出かけは二人だけでは初だった京都旅!
なるべく負担はかけないように行き先を選んだけど、普段よりは結構歩いた。楽しかったけど、やっぱり体力の衰えは感じていて…

前回までのあらすじ

管理栄養士としてできることは?これだけ心血注いだことは、これまでになかったかもしれない。姉のために、家での食事とメンタルケア、姉がムスメちゃんとの時間を多く持てるようにした。がんの勉強をして、家族と共有していった。

サソリとカメの振り返り日記 EP.5 家族専属管理栄養士 降臨。布教編。落ちこぼれの管理栄養士だけど、家族のためにこの知識をフルに使おうと家族に知識定着のための布教活動をしていた。姉のために自分がその時できる...

姉妹旅in京都

仲の良い家族とはいえ、やっぱり一緒にいる時間が長くなると親子関係もギクシャクすることだってある。
生活のストレスか、病気に対する恐怖から来るものなのか、それぞれの考え方が違うことから、よく姉から愚痴を聞いたり私が愚痴を言ったりもしていた。私が姉に言えないことも、父か母にいうこともあったけれど、それぞれが伝えるだけで少しずつお互いを理解していけたと思う。

そんな日常を送る中で、気晴らしに姉と二人で大人だけの旅行に行くことにした。
私が子育てで疲れて、少し離れたいと思ったこともあり、姉が寺社めぐりをしたいというのもあった。
母に相談して、ムスメちゃんの面倒を見てくれることに。
この時に保育園の利用手続きも進めていた。私の疲労が溜まってきていたのもあり、保育園に行くことが決まったのである。

カメ
カメ
旅は最高の癒し

旅行に行くまでに話が二転三転したけど、無事に出発の日を迎えた。

私は約1年ぶりくらい、姉は数年ぶり?
目的地を決めて、あまり歩かないルートを考えていたけど、普段よりも坂道登ったり、広い境内を歩いたりして、普段よりもかなり歩いた。
疲れた時は休むようにして、荷物も私が持つようにし、負担をかけないようにした。
計画も結構ゆるゆるにしたから、時間が余ることもあったけど、その場で調べてお土産買ったり、神社に行ってみたりして、結構充実してたと思う。
何より、民泊利用が気兼ねなく過ごせてよかった。そして念願のうなぎが食べれたのが、一生の思い出。

サソリとカメep.6 京都旅

寺社めぐりも行ったことのないところに行けたし、抹茶パフェも食べれたし、大満足の旅だった。
姉は七宝焼に興味を持って体験教室に二人で参加、自分で作ってみることを決心したようで、趣味がまた一つ増えた。
縁切りで有名な神社と、晴明神社に行けてとても嬉しそうだった。晴明神社は私もまた行きたいと思ったわ。

あと、旅行中は気が張ってるのか、どっちも体調悪くて寝込むこともなく、無事に帰ってこられてよかった。
帰ってきてからは少し疲れて、休んでたけど。良い思い出になって本当によかった。
今度はムスメちゃんもみんなで行こうねって約束した。

日常で感じた症状のこと

旅行も含め、日常の中で感じたことは体力の衰え。でもすぐに衰えたわけではなく、姉の場合はある症状からあまり動けなくなったことから、体力も一緒に落ちていったのかなと思う。ここまでの症状について、比較しながら少し整理してみた。

抗がん剤治療開始から半年

最初の抗がん剤は聞くらしく(がん細胞も慣れていないため)、数値も良い方向に向かっていき、がんの数値も下がっていっていた。
この時の姉を見ていても、元気に過ごせていたし、あまり生活に支障はないと言えるほど。本当に病気?と思えるほどだった。
症状としては、

*指先や唇などの末端の痺れ、感覚がなくなる
*過食
*治療直後の倦怠感(半日〜2日ほどで回復)

母が言うには「若いから回復も早いんじゃない」というほど、治療が終わって帰ってきて2日後には遊びに行ったりもできた。
痺れに関しては、氷や冷水、金属などの冷たいものを飲んだり食べたり、触ったりするのができず、雪国では少々苦労した。
食欲増進する薬が出ていた時期は、食欲がすごかった。

抗がん剤治療開始から1年

ちょうど旅行に行ったのが、抗がん剤治療を始めてから1年経った頃。薬は1回か2回変わっていたかも(うろ覚え)だけど、それまで通り動けたし、日常生活も送れていた。ただ、少し体に変化があって、

*筋肉の衰え、息切れ

がちょっと見られた。食欲増進で体重が増えたのもあるかも。そして、食欲が増進されるとはいえ、腸を切っている影響なのか、空腹感がないというのもあった。時間になったから食べるようにしているという。満腹感はあったようで。
動ける範囲で少し運動してみようか?と話していた。ラジオ体操とか、軽い運動一緒にやってみようね!と。
(結局やらなかったけどw)

治療から1年半、なんの不自由もなく、好きなことに注力し、ムスメちゃんとも楽しく過ごしていたのだ。

本人曰く、

薬が変わったりして、体も変わってしまったけど、やりたいと思っていたこと、好きなこと、なんでも思い立った時にすぐにやっていた。
仕事に復帰して、ゆるく楽しく暮らすんだと意気込んでいた。
この考えはずっと変わらず、旅行から帰ってきてからも、保育園の時間はフリーになるから、プログラミングのオンライン受講を始めたりしていて、超前向きだった。(私はその横でダイエットに励んでいた。)

本人から聞いたこと、全てじゃないんだろうけど、将来を見据えてすぐ行動するタイプだった姉。
私はやる前に考えすぎて動けなくなる方だから、羨ましかった。
でも考える。子どもの頃は逆だったのにね。

余談でしたが、本心は本人にしかわからないけど、前向きに楽しく暮らしていましたということです。

症状緩和のためにしたこと

旅行に限らず、普段から姉の症状をやわらげるためや、サポートのためにやってきたことをまとめてみた。

*水や冷たいものを触る時は代わりにやる
*冷やさないように、腹巻
*足湯
*マッサージ(やんわり、患部以外で)
*料理に生姜をよく使う

軽介護のような、召使いをしていたw
水はムスメちゃんが大好きなんだけど、よっぽど暑い日じゃない限りは水も冷たい。子どもにも冷たすぎるのは体が冷えるから、水やら氷やら、金属触るとかいう時は、代行していた。
ムスメちゃんの水遊びも、小さかったから一緒に楽しく遊べた。
内臓含め体を冷やさないようにするためにも、腹巻を勧めてつけてもらい、たまに足湯することもあった。
マッサージは力加減とか、揉む場所に気をつけながら、浮腫の改善とストレス緩和のためにもいいかなと思って、無理のない頻度でやっていた。
生姜は体を温める栄養素が入っていることから、積極的に使うようにしていた。

あと、姉が自分で見つけてやっていた

サソリ
サソリ
「ひまし油湿布」

直接お腹を温める方法で、リラックスもできていたように見えた。

気休めかもしれないけど、できることはとにかくチャレンジしていた。無理のない程度にね。

ABOUT ME
せんば千波
管理栄養士として委託会社、障がい者施設を経験。仕事でのメンタルブレイクをきっかけに好きなことをしようと心に決め、働き方、生き方について分析、学習するようになった。心と体の健康を追求し、言葉と音楽の力を信じて生きている。物語ゲーマー、旅と料理が好きな健康オタク。